ブービー賞のトロフィー

私の母親は現在65歳で、いわゆる団塊世代の人です。
この団塊世代の人たちが若かった時に流行ったのがボーリングでした。
私の母親も例外ではなく、20代の頃にはよくボーリング場へボーリングをしに遊びに行っていたようです。

私は現在40代前半なのですが、私がまだ幼少だった頃には、家の近くにボーリング場がけっこうあったことを記憶しています。
私はある地方都市に住んでいるのですが、そんな地方都市でもボーリング場はたくさんあったのですから、きっと都会などではもっと当時はたくさんあったことだろうと思います。
私の母親は、そうした近くのボーリング場でしばらく従業員として働いていたようです。
主に受付でお客様の接待をし、夕方近くになると家に帰ってきて、夕食を作るといった日々だったそうです。
ボーリング場で勤めていると、年に何度か従業員同士のボーリング大会もあったようで、私の母親も何度も参加していたといいます。
家にはトロフィーもいくつもあって、私がまだ小学生の低学年だった頃まで、母親には「お母さんはボーリングがすごく上手」だと何度も言われていました。
たしかに家族でボーリングに行ったりすると、当たり前ですが小学生の私よりも格段に母親は上手で、私はその言葉をしばらく信じていました。
ボーリングブームが衰退し、地方にあったボーリング場も軒並み壊されていくようになると、私の母親もそのボーリング場の倒産を機に、仕事を辞めました。
そしてさらに年月が経ったときのことです。
私はしばらくぶりに、家にあった母親のトロフィーを見ると、プレートにはどれも「ブービー賞」と書かれていたのでした。
もちろんこの頃にはブービー賞の意味もわかっていたので、母親は恥ずかしさを隠すあまり、私に自分はボーリングがうまいと言っていたこともわかってしまいました。
それが私には面白くて、思わず笑ってしまいました。

しかしそうした血筋を私は見事に継いでしまったようで、友人たちとボーリングをして遊んでも、なかなかスコアに恵まれることはありませんでした。
そんな中、会社の部署対抗のボーリング大会に私は出ることになってしまったのでした。
会社には団塊世代の上司たちがたくさんいて、みな200点近くの高得点を出すようなつわもの揃いでした。
案の定、私は前半戦でかなりの得点差をつけられてしまい、一気にテンションが下がってしまいました。
そして、表彰式に私が呼ばれたのは母親と同じブービー賞で、トロフィーまで持ち帰ることになったのでした。
親子二代にわたって並べられたブービー賞のトロフィーに、家族中が可笑しくて、ただ笑うだけでした。